考察・提言

「整体は教育である」と主張する所以

整体は、治療ではない。
教育である。

一貫して、そう主張している。
以下、その理由を述べたい。

病気は「ゴミ屋敷」?

深刻な痛みや不調がある。
病気が治らない。
それは、たとえて言えば、散らかった部屋のようなものである。

必要なもの、不要なものが混在している。
あるべきものが、あるべき場所に存在しない。
その結果、部屋として機能しない。
見た目が乱雑で、汚い。

そんな状態である。
極端な場合、失礼を承知で申せば、「ゴミ屋敷」である。

つまり、身体で申せば、

本来、動くべきところが動いていない。
流れるべきものが、流れていない。
排泄されるべきものが、排泄されていない。

だから、痛みが出る。
動きに制限がかかる。
不快感を感じる。

―――ということである。

「こんな汚い部屋、もう嫌だ!何とかしたい!」

つまり、耐えられない痛みや症状を何とかしたいと思った時、どうするか。
医師、治療家、整体師のいずれかに助けを求めると仮定しよう。

立場と役割の違い

この3者が何をするのか。
それぞれ役割りが違うということを説明しつつ、整体が教育である所以を述べたい。

医師の仕事

医師は、とにかく痛みを抑えればいい、症状を無くせばいいと考える。
だから、すべてを押入れに押し込む。

いわゆる対症療法である。
その結果、部屋はきれいになるし、しばらくは快適に過ごせる。

しかし、片付けない習慣、散らかすクセはそのままだ。
だから、また部屋は散らかり、汚れてくる。

汚くなったら、また医師に頼む。
何とかしてくれと。
すると、医師は、またすべてを押入れに押し込む。
その繰り返し。

そのうち、押し入れは満杯になり、ものが入らなくなる。
ついには、押し込んだものが部屋へ溢れだし、最初より酷い状態になる・・・

治療家の仕事

治療家の仕事は、医師とは異なる。

必要なものと不必要なものを分別して、不必要なものは廃棄する。
必要なものは、適切な場所に収納する。
つまり、依頼者に代わり、きれいに片付けて、掃除をしてやるのが仕事である。

依頼者はラクだし、とても喜ぶことだろう。
中にはこれに懲りて改心し、自分で片付けるようになる者もいるだろう。

しかし、多くの者は、違う。
また部屋が汚れたら、頼めばいいやと考える。
だから、いずれまた部屋は散らかる。

整体師の仕事

私たち整体師は、代わりに片付けることも、掃除することもしない。
方法を教えるから、自分でおやりなさいと言う。
あるいは、見本を見せるから、一緒に片付けましょうと言う。

依頼者にすれば、面倒だ。
自分が動き、手間をかけねばならないからだ。
時間がかかることもあるだろう。
「さっさと片付けてくれ!」と文句を言う人もいる。

しかし、私は片付けられない。
なぜか。

まず、必要なもの、不要なものの判別ができない。
どこへ、どんなカタチで収納すれば使いやすいのか、わからない。

それがわかるのは、誰か。
本来は、本人である。
しかし、部屋を散らかすクセがある人は、ちょっとやっかいである。

ものが捨てられない。
不要なものを溜め込む。
ものを放置する。
収納方法がわからない。

だから、そばにいて、手伝いながら、新しい習慣を身につけさせる。
自分で片付けることの大切さ、楽しさ、快適さ、それを教える必要がある。

整体師の仕事は、これである。

自分の健康は、自分で守ることの大切さを教える。
なぜ病気になるのか、痛みが出るのか。
そのメカニズムと、そうならないための方法を教える。
そして、医師や薬に頼らず、自分で健康を守り、豊かで幸せな人生を歩めるよう導く。

以上が「整体は教育である」と主張する所以である。

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