おはようございます。
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昨日は、久しぶりにお客さまの前で涙しました。お恥ずかしい限りです。
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人は時として、生活に支障が出るほど、時には死んでしまいたいほどの激しい痛みに、見舞われます。自分は、どうなってしまったんだろう?……これから、どうなるんだろう?……
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ものすごく怖いし、不安になります。なので、病院へ行きます。この痛み、そして不安と恐怖を何とかして欲しい。医師を信頼し、望みを託します。
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ところが、多くの医師は希望どころか、絶望しか与えません。
「検査しても、どこも悪くありません。気のせいじゃないですか。年のせいじゃないですか。痛みとは、うまく付き合っていくしかないでしょう」
本人が、痛いと言っているのです。医師は、どうしてその声に耳を傾けないのでしょう。痛みには、必ず原因があるのです。医師は、なぜそれを究明しようとしないのでしょう。
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仕方なしに、次は、ペインクリニックという痛み止め専門の医院を訪ねます。しかし、そこでも原因を究明しようとはせず、注射や投薬で痛みを殲滅しようとします。
「邪魔な敵は、殺せ」
戦争と同じ思想です。手術、注射、投薬は、身体への攻撃です。もちろん、処置としてそれらが必要なこともあります。
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しかし、多くの医師は、それのみで何とかしようとします。当然、身体は抵抗し、悲鳴をあげます。痛みが治まるどころか、かえってひどくなったり、副作用で、別の症状が出現する場合もあります。
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それを医師に訴えると、さらに強力な薬、多量の薬で対処しようとします。こんなに多量の薬を飲んで大丈夫なのですかと尋ねても、まともに答えてくれません。それどころか、私を信用しないのかと怒声を浴びせる医師もおられるそうです。
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ごく一部だとは思いますが、人を人とも思わない医療のあり方を切々と訴えるお客さま。私は激しい憤りを感じ、またその方が味わっておられる悲しみ、不安、恐怖を思うと、どんなにつらかっただろうと、涙を禁じ得ませんでした。
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命の灯火。痛みや、つらい症状があると、灯火は弱く、小さくなります。そこに石油をぶっかけたり、バタバタと団扇であおいだら、どうなりますか。
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風が当たらぬよう、灯火をそっと手で囲い、勢いの回復を待つ。そんな処置も、時として必要ではないでしょうか。
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痛みを受け入れる勇気。自分の身体への信頼。そして、必ずよくなるという希望。
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痛みや症状の治癒には、それが不可欠です。そして、それを教えることこそ、医療や健康に従事する者のもっとも大切な役割だと思いますが、いかがでしょうか。
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<今日の写真>
絶望に打ちひしがれた方の、希望の灯火(ともしび)となっていただきたい。また、ひとつひとつの命の灯火を大切にしていただきたい。そういう願いを込め、私の主宰する整体塾のシンボルに、灯火を使っております。

