【整体修行の意味】
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病院では治らない、心身の深刻な痛みや不調を改善させる、緩和させるのは、とても尊いことであるし、大切なことだとは思う。しかし、命は必要があって、痛みや不調を出現させている。心にせよ体にせよ、痛みや不調は命のメッセージなのだ。そのことは、よくよく心得ておくべきだと思う。
また、人が人を変えることはできない。私たちにできるのは、その人が自ら変化するよう、きっかけやヒントを与えたり、手助けをするに過ぎない。そのことも、重々承知し、決して謙虚さを忘れてはならないと思う。
修行の中心となる整体施術には、理学療法的な効用の他に、さまざまな意義目的があると考えている。誤解を恐れずに一言で申すと、それは自己修養だと考えている。施術者が自身の人間力を磨き、霊性を高めることが、人さまの痛みや不調の改善に大いに影響するからだ
少なくとも私たちの整体施術は、祈りであり、瞑想であり、現象界と実存界をの接点を探る方法であると考えている。そして、それは安心立命の境地に至るための訓練法であり、道であると考えているのだ。
それは、混乱し、矛盾に満ちながらも大きく変化しようとしているこの社会において、個々人が希望を持って前へ進むことであり、エネルギーに満ち溢れて今を生きることである。エネルギーとは、歓喜、感謝、愛から湧き出す力である。
希望について、最近、とても的確な定義を見つけた。
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「希望とは、何かがうまくいくと確信することではなく、それがどの程度うまくいくかに関わらず、でもやっぱりこれが道理にかなっていると確信すること」
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以上、愛読書であるサティシュ・クマール師の近著『ラディカルラブ』から引用した。チェコスロバキアの民主化を率いたヴァーツラフ・ハヴェルの言葉だそうだ。
そして、道理を知ること。それこそが、整体修行の最も大きな意味かも知れない。

