武士道精神を喪失した現代日本人(後編)

一燈を提げて暗夜を行く

【武士道精神を喪失した現代日本人(後編)】

……以下【武士道精神を喪失した現代日本人(前編)】より続く。

 話は変わるが、日本の江戸時代は大きな戦がなく、豊穣な文化が花開き、自然と調和した平和な社会が250年以上続いたと伝えられている。当時の日本を訪れた外国人たちは、一様に驚き、感嘆と羨望の声をあげたと言われている。ご存知の通り、当時の社会を維持構成していたのは「士農工商」という身分制度である。このうち「士」は帯刀を許された武士をさし、一般的には「支配階級」と理解されている。しかしそれは表面上のことであり、「士」が存在した本当の意味は、人として生きる手本を示し、人々の精神的拠り所となるためではなかったかと私は考えている。つまり、西欧におけるキリスト教のような精神的拠り所を持たぬ日本においては、自然崇拝と共に、武士の心得であった「武士道」が庶民の精神的拠り所になっていたと考えられるのだ。武士道とは、命のやり取りが日常であった戦国時代に発生した、戦士の身心の処し方が元となり、儒教的思想の裏付けを得て、時間をかけて大成されていった武家の徳目であり、精神的な拠り所である。武士道は江戸時代において、様々な文化とともに一般庶民に徐々に浸透し、やがて日本人の精神的拠り所となっていったと思われる。

 武士道精神を象徴するものとして、江戸中期に書かれた『葉隠』という書物の一節「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」という有名な言葉がある。様々な解釈があろうが、私は次のように考える。生と死は裏腹の関係にあり、生きている以上は、常に死は共にあるのだ。いつどうやって死ぬかなど、誰にもわからない。ゆえに、内発する良心や倫理観に基づいて己の信念を磨き、それを貫くために、覚悟を持って今を一所懸命に生きることが、人としてとても大切だ……と説いているのではないだろうか。そして、当時の武士たちはそれを率先躬行し、自らの生き様を通して武士道精神を庶民に示し、教えるために、勉学に励み、厳しい武術修行に明け暮れたと私は考えている。江戸時代の社会は諸外国に比して治安が良く、庶民の識字率が飛び抜けて高かったと伝えられているが、これらの現象は武士道の浸透に起因しているのではないだろうか。

 武士は、そのほぼ全てが男性であった。それは、力を合わせて命を守り、つないでいくために、生まれながらに与えられた男女の異なる特質によるものと思われる。精神世界や宗教などで「母なる大地」と表現されるように、女性の主な特質は、命を生み出し、育くむ母性に宿ると私は考えている。それに対して「父なる空」と表現されるように、男性の主な特質は、全ての根源となる存在とつながり、命を守る父性に宿る。つまり人間社会においては、女性は実際に出産するかどうかは別として、子孫を生み、育てるのが主な役割である。それに対して男性は、実際に家庭を持つかどうかは別として、天地の理を踏まえた上で女性と子孫を守り、彼らが過ごしやすい社会を創造するのが主な役割であると私は考えている。遺憾ながら、現代を生きる男性の大半がその役割を十分に果たしていないと思えてならない。それが、現代社会における諸問題の根底に横たわっていると同時に、問題をどんどん大きく深刻にしていると私は感じている。

ㅤ現代社会においても、武士道精神に則して生きる手本を我が身で示し、社会や家族を支える精神的拠り所となるのは主として男性の役割だと思うのだ。しかし、一般会社員はもちろんのこと、官僚、公務員、経営者、自営業者、さらには社会を良き方向へと導く役割を担う政治家や事業家、医師や学者、宗教家や芸術家まで、大半の男性が武士道精神をすっかり忘れ去り、骨抜きにされてしまっている。その結果、我欲を肥大させ、忖度と保身ばかりに専念し、思考することを放棄し、出る釘になることを恐れて奴隷となりさがり、それを恥とも思わなくなってしまった。頼みの綱であった武道や武術を修行する者たちですら、全員がマスクを着用して稽古し、その風景を「感染防止対策は万全です」と得意げにSNSにアップしている様子には、心底幻滅した。また、マスクは不要、コロナは茶番、みんなで目覚めようと主張しながら、通勤途上や職場では素顔を晒すことすらできない臆病者たちが、英雄や救世主をまつりあげて大騒ぎしていた姿が、先の参議院選挙で露呈したのではないだろうか。生きる手本や精神的拠り所を喪失した群衆は、支配し搾取するために好都合の存在である。日本人が明るい未来を描けるか、どうか。さらに申せば、日本民族が生き残れるかどうか。それは極論かも知れないが、自分自身も含め、世の男性が武士道精神を取り戻せるかどうかにかかっていると、私には思えてならないのだ。

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