【医猟の餌食にならないために】
昨日、少し心の痛む出来事があった。ある方が、医療機関で「パーキンソン病」と診断されたそうである。その方と親しくしている女性が「気の毒で、なんと声をかければいいのか…」と涙ぐみながら話をしてくれたのだ。ちなみに、その方(パーキンソン病と診断された方)は、医療信仰の傾向が強く、毎年インフルエンザワクチンを接種し、新型コロナワクチンも早々に接種済みだそうである…
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パーキンソン病は、振戦、動作緩慢、筋固縮、姿勢保持障害などを伴う病態である。日本においては難病に指定されており、回復は不可能で、進行を遅らせるくらいしか手立てがないとされている。約20万人の患者がいるらしいが、薬物治療(「最近はいい薬が開発されている」とのこと…)が中心のようだ。運動療法を併用することもあるが、投与する薬物によって余計に症状が悪化する事例が非常に多いと私は見ている。
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パーキンソン病など難病に指定されているものも含め、いかなる症状も病態も「結果」である。結果には、必ず「原因」がある。原因は、多岐、多面、多次元にわたり存在し、それが複雑に絡み合っている。つまり、それまで自分が積み重ねてきた生活習慣、食事、投薬、姿勢や動作、生活環境や人間関係、想いや感情、発した言葉などが、現在の症状や病態として結実しているのである。まずは、この事実を理解して欲しいと願う。
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そもそも全ての病名は、結果に対し、人間が勝手に命名したものである。そして、現代医療は、その大半が「結果」を変える(=修繕する、緩和する、抑制する)「対症療法」である。国民皆保険制度が浸透し、特に戦後の洗脳教育が功を奏している日本においては、医師信奉と医療信仰が極めて強固であり、それに乗じ、年間43兆円もの膨大な金額が医療に投じられている。平均寿命は伸びたかもしれないが、病人や介護が必要な高齢者は増加の一途をたどっている。
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パーキンソン病と呼ばれる症状も、薬物投与などの人為的処置を施さず、原因を紐解き、それを解消し、身体の力を信じて委ねていれば、快方に向かうことを、私は経験上、知っている。しかし、いくらそれを伝えたところで、医療信者は耳を貸さない。そして、医療に依存し続け、どんどん健康を損ね、症状を悪化させ、人間らしい暮らしを手放し、周囲の人を悲しませる…昨日は、その典型的事例を目前にしながら、何も出来ない自分に心が痛んだのだ。
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携わっておられる方々にはたいへん申し訳ないが、日本の「医療」は「医猟」と揶揄されることが多いが、本当にその通りだと思う。医療従事者はもちろんのこと、行政やマスコミも一致団結し、獲物を探し、罠にかけ、死ぬまで依存させ、束縛し、搾取し、自分たちの懐を肥やしつつ、上納金を納める。この社会システムは非常に巧みに設計され、時間をかけて錬磨されてきたものゆえ、超巨大かつ超強固であり、もはやそれを崩すのは不可能である。
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医療は、人類の叡智の結晶とも言える素晴らしい科学であり、暮らしに必要不可欠なものである。しかし、本当に必要とされるのは怪我の治療や救急救命、先天性疾患の治療などごく一部であり、難病を含む慢性疾患に対しては、医療は無力であるばかりでなく、時として害悪さえもたらす。現在、全世界に勃発している騒動も、全く同じ“医猟システム”によって稼働しているに過ぎない。それを理解すれば、その対処法など、造作ないことである。
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職域接種という呼称で、半ば強制的に未知のワクチンを接種されるなど、医療従事者も被害者である。医猟の餌食になる前に、一人ひとりが気付き、学び、行動し、「一人革命(=自己変革)」を起こすことが必要である。そこにしか、社会を変え、希望ある未来を創造する道はないと私は考える。そのためのきっかけを作り、気付きと学びの場を設け、行動のサポートをすることが、私たち“整体起業家”に課された極めて重要な役割と考えている。
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整体起業家として、確固たる信念と良心に基づいて生きていくことは、医師信奉と医療信仰が極めて強固な我が国においては、いばらの道かも知れない。それでも、新しい月を迎えるにあたり、心ある仲間たちと共に、覚悟をもって、誠心誠意歩み続けていくことを改めて決意した次第である。
医猟の餌食にならないために
一燈を提げて暗夜を行く
