【若者たちを守るために】
驚いた。内閣府などの調査によると、2014年の1年間、15歳から39歳までは「自殺」が死因のトップだそうだ。そういえば、9月1日は10代の自殺者が最も多い日と聞いたこともある。
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将来を担う多くの若者たちが、自ら命を絶つ。あってはならないことだ。大袈裟に言えば、この現象は、民族や生物としての終焉を暗示するものではないかと私は思う。すべての大人が看過せず、自分ごととしてとらえるべきだ。
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では、なぜ、若者たちが自ら命を絶つのか。経済的なこと、健康上の問題、人間関係、仕事や学校の悩み等、個々に、いろんな事情や理由があるだろうと思う。しかし、いずれの場合も、突き詰めれば「希望が持てない」からではないか。
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人間は意外に強いもので、希望が持てれば、たいがいの苦しみや辛さは、乗り越えられると思うからである。しかし、現代社会においては、物質的、あるいは経済的豊かさという極めて限定的な範囲で希望を持つよう徹底教育される。
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しかし、物質も経済も、所詮は虚構である。資源には限りがあるし、物質が増え続けることが何を招くのか。そこに未来がないことに気付く者も、増えているだろう。また、貨幣経済はすべての人を幸せにしない。ごく限られた者だけが富み、競争に敗れた者や社会的弱者は搾取される一方であり、貧困を加速させる。
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物質や経済は、決して真の幸せをもたらすものではない。麻薬と同じ、束の間の快楽を得るものに過ぎない。感度の高い若者たちは、それを肌で感じているのではないか。モノやお金ではない希望を示してくれる大人が存在しないことに、絶望しているのではないか。極論かも知れないが、私はそう考えている。
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こんな時代に、私たち大人がなすべき急務。それは、自らが物質や経済ではない「確かなもの」に、希望を持って生きることではないか。最先端の科学や技術一辺倒に陥らず、それ以外の自然、文化、芸術、精神性や霊性、手仕事など、人間にしかなし得ない領域に、真の豊かさと希望を見出すべきではないか。
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いくら究めても尽きることのない、無限の可能性を秘めたもの。愛と調和を感じるもの。そこに希望を見出し、全力を尽くして取り組む。私自身は、そんな大人でありたい。そして、そんな大人が一人でも増えるよう、全身全霊を傾けたい。自らの生き様を通して、若者たちに希望を示したい。
若者たちを守るために
整体即人生、人生即整体
