【治すなんておこがましい】
「治してやろうなんて、おこがましいにもほどがある!」
修行時代、亡き師匠に何度言われたことか。
当時は、疑問に思った。
苦しんでいる人たちを救ってあげて、何が悪いんだろうと。
しかし、今となってはよくわかる。
治すなんて、おこがましいにもほどがあることを。
生きている限り、様々なことが起こる。
嬉しいこと、楽しいことばかりではない。
もしかしたら、嫌なこと、辛いこと、苦しいことの方が多いかもしれない。
どうしようもない挫折、絶望を味わうこともある。
それでも、前を向いて歩み続けること。
懸命に生きること。
その経験を通じて、人は磨かれ、成長をしていくものだと思う。
そうやって、少しずつ成長を遂げていくことに、真の生きる喜びがあると思う。
深刻な痛みや、病気と呼ばれる症状も同じである。
誰だって、嫌だ。
一刻も早く助けて欲しい、逃げ出したい。
私だって、そう思う。
しかし、いかなる痛みも、病気も、それまでの生活の結果である。
いのちの訴えであり、そこで何かに気付き、何かを学ぶ機会なのだと思う。
痛みや病気は、自分で乗り越えることにより、自信が生まれる。
これまでとは違う自分に気付き、異なる地平が見え、新たな道が開けていく。
そうやって人に成長を促すこと。
それが、人生における痛みや病気の意味だと私は思う。
心身楽々堂は、そのような成長の機会にそっと寄り添える整体院でありたいと願う。
生きる喜びを分かちあえる整体院でありたいと思う。
少なくとも過剰な介入をして、成長の機会を奪うことはしたくないと思う。
商売下手で、不器用なやり方かもしれない。
技術力を前面に打ち出し「ゴッドハンド」と呼ばれた方が、お金は稼げるかもしれない。
しかし、私はやりたくない。
ゴッドハンドなんて、そうそう誰もがなれるものではない。
そもそも、本当にすごいのは技術ではない。
人間の身体、生命の営みこそが、真に素晴らしいものなのであるから。
そんな心身楽々堂のホームページ。
再構築は難航しています…


