【天からの示唆を待つ】
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先日も記事に書いたが、40歳前後のサラリーマン時代、私は「うつ」になった。
食欲がなくなり、夜は眠れない。会社へ行きたくない(行ってたが)。出勤してパソコンを起動すると、頭の中が真っ白になり、息苦しくなり、会社から逃亡する。自己嫌悪に陥り、常に焦燥感、罪悪感、無力感に苛まれ、酷い時は「死にたい」「消えたい」と思い詰めていた。
そんな私の救いの一つが、家族と出かけるキャンプであった。連休や長期休暇があれば、小さなステーションワゴンにキャンプ道具を詰め込み、長い場合は一週間近く滞在した。レジャーらしきことは、近くの温泉へ行くくらい。特に何もせず、仮の住まいを設営し、朝からご飯を作っては食べ、酒を飲み、ボーッとしているだけ。
そんなん、家でもできるやん、とよく言われた。いや、違う、家ではダメで、できる限り、自然の中で過ごしたかったのだ。何とかして自分を取り戻したかったのだ。
夜は焚き火をしながら星空を見上げて、天に尋ね、祈った。
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「私は何のために生まれてきたのですか?私に天職というものがあるのでしょうか?あるとしたら、それは何ですか?これからどう生きればいいのですか?お願いだから教えてください」と……
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だが、声が聞こえたり、何か閃いたりということはなかった。人によって異なると思うが、私の場合、友人からのメールやブログ記事、雑誌や車内広告、本屋で眺める本の背表紙という形で、天からの示唆があったと思っている。
私の経験から申し上げると、心からの祈りは必ず天に届き、応えてくれると思う。大切なのは、受け取ること、そして行動することだと思う。周囲を眺めると、受け取っても行動しない人が圧倒的に多いと思う。行動にはリスクを伴うことが多いので、仕方がないとは思うが、どうか自分を信じて行動して欲しいと思う。
私の経験から言えることが、もう一つある。それは、答えは全て自分の中にあるということだ。そのことは比較的早くからわかっていたので、瞑想や呼吸法、音響療法など、いろんなことを試した。だが私の場合は、自然の中に出かけ、祈ることが最も効果があったようだ。
付け加えるとしたら、私の場合は合氣道稽古を通じて、身体をゆるめていたことも大きかったと思う。
キャンプに出かけるのは至福の時間だが、帰宅し、また出勤するのは、当時の私には地獄だった。しかし、苦しいサラリーマン生活も、キャンプも、合氣道稽古も、全てが私のために用意された経験だったと強く思う。
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《今日の写真》
2005年の夏に出かけた時のもの。森の中にある素朴なキャンプ場だった。小さなクルマに、大型のロッジドームテント、ヘキサゴンターブ、煮炊きに必要な器具と熱源、夜間用の照明、4人分の家具と食器と布団(寝袋)と食料を積み込むのは、パズルのようなものだった。おまけにキャンプ場によっては、ゴミは全て持ち帰り必須(この時はそうだった)。今から約20年前、うつとは言え、若く体力があったのだなとつくづく思う。

