【整体師という生き方】
サラリーマン時代。
息苦しくて、生き辛くて仕方がなかった。
次々と、新製品や新サービスを考え、作る。
手を止めることは許されない。
市場がないなら、作れ。
欲求を刺激しろ、掘り起こせ。
これ、本当に必要なものか。
本当に人や社会の役に立つものなのか。
そんなこと考える暇はない。
どんどん作れ。
どんどん売れ。
稼げ、儲けろ。
利益を出せ。
自分たちだけが勝てば、それでいい。
ライバルは、蹴落とせばいい。
利益が出ないなら、下請けを叩けばいい。
もしくは現場の稼働率を上げよ。
自然破壊?環境保護?人権擁護?
なに寝ぼけてる。
法律に従ってるんだから、それでいいじゃないか。
利益が減れば、社員の給料を減らす。
利益が出れば、いつかのために留保する。
文句あるか?
考えるな。
疑問を持ったら終わりだ。
働く場があるだけ、ありがたいと思え。
文句があるなら、辞めればいい。
自分らしさ?
自分の好きな仕事?
信念?哲学?
愛?優しさ?思いやり?
バカか、お前は。
俺たちは、現実に生きてるんだ。
おとぎ話をしてどうする。
その時、私はふと思った。
我に返ったのだ。
現実って、何だ?
企業は、現実か?
社会は、現実か?
違う。逆だ。
企業も、社会も、すべて虚構じゃないか。
政治も、国でさえも、すべて虚構。
すべて人間が勝手に作り出した、虚構に過ぎないと…
このまま、虚構に束縛されて生きるのか。
それとも、その虚構から逃れる挑戦をするのか。
私は、後者を選んだ。
四半世紀、虚構に護られ生きてきた身にとって、無謀な選択だった。
まさに、茨の道であった。
しかし、ついに見つけた。
嘘と、偽りと、虚しさに満ちた社会において、命という現実に向きあい、本当の自分を生きる術を。
虚構の中に身を置いても、虚構に縛られない生き方を。
整体とは、その術である。
整体師とは、そんな生き方である。
小さな、小さなことしかできない。
でも、小さなことを積み上げる以外、大きなことをする道はない。

