昨日の事件を知り、自分の気持ちや考えをどう整理してよいものか、とてもモヤモヤしていたが、添付したオーストリア在住の佐藤シューちひろさんのこの投稿を拝読し、かなりスッキリした。ひちろさん、いつもありがとうございます。
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さてコロナにせよ、予防接種にせよ、戦争にせよ、そしてテロにせよ、それらの騒動や事件の根底に共通して横たわっている問題は「命の軽視」だと私は考えている。人の生き死にが、都合の良い道具のように扱われ、それに私たちが踊らされている様子に、私は言いようのない違和感を感じているのだと思う。
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ではなぜ、こんなにも命を軽んじる社会になってしまったのか。それは、私たち一人ひとりが、自分に授けられた命の尊厳に無自覚であることに、出発点があると私は考える。今、生きていることに感謝と歓喜の念を持っていれば、決して自分の命を汚すことはしないだろうし、他の命を粗末に扱うこともないと思うのだ。
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自分の命を汚すとは、自分に嘘をつくことと私は考えている。おかしいと思ったことや、やってはいけないと思うことを、やってしまうこと。それ以前に、自分に真摯に向き合わず、自分が本当にどう感じ、何を考え、何を望んでいるのか。どう生き、どう在りたいのか。それを真剣に求めることなく、権威や上位者に隷従し、社会風潮や周囲に流されて生きることである。
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全ての命は唯一無二である。必ず何らかの才能、資質、役割、使命を持って、この世界に命を授かるのである。その真実に向き合うことなく、教えられ、押し付けられるがままに生きて、自分の命を汚しながら生きている大人が圧倒的大多数であること。それが全ての問題の根底に横たわっていると私は考えていることを、本事件を通して、改めて自覚した次第である。

Chihiro Sato-Schuh
【人の死をおもちゃにする】 一国の元首相が劇的な亡くなり方をしたというので、さまざまな感情が入り乱れ、集合意識が大きく揺れ動いていた。...

