私が、整体法講座の門下生に「これだけは絶対に守って欲しい」と伝えていることが、ひとつある。
それは、
「陰で人の批判をしないこと」
である。
なぜか。
人として、最低の行為と考えるからである。
陰口は、卑劣にして、陰湿極まりない。
相手を貶め、自分を貶め、周囲の人間をも貶める。
そして、人間関係を腐らせる。
考えてみて欲しい。
人はみな、生い立ちも、考え方も、価値観も異なるのだ。
それに基づく信念も、実践行動も異なる。
人間であるから、欲望があり、煩悩があり、愚行も過ちも犯す。
だから、好き嫌いがあって当然である。
気にくわない人間もいるだろう。
許せないことや、腹が立つこともあるだろう。
目立つ行動をすれば、あれこれ詮索したくもなるだろう。
そこで大切なのは、思いやりである。
許しである。
人は、それぞれに事情や生活がある。
その人にしかわからない悩みや、悲しさ、苦しみがある。
他者から見えるのは、ごく一部に過ぎない。
にもかかわらず、私たちは見える部分のみで、判断する。
それは、ある意味仕方がない。
それしか、できないからである。
ゆえに、見える部分のみで、好き嫌いを言うのは、勝手である。
しかし、思いやりの心があれば、陰口には発展しない。
思いやりのある人間は、陰口は言わない。
人はみな「違う」ことを知っているからである。
ゆえに、許すことを選択する。
また、本気で生きている人間も、陰口は言わない。
自分がやるべきことに全力を尽くすので、陰口を言う時間など持ち合わせていないのである。
良識ある人は、もし言うなら、本人に告げる。
言動なり、性癖なり、習慣なりを直した方がよいと思うなら、本人に伝えるべきと考える。
それが、思いやりというものであろう。
よい人間関係を構築したいなら、伝える勇気を持つべきだ。
しかし、思いやりと勇気のある者は少ない。
あろうことか、自分の勝手な判断を人に告げて回る者がいる。
集まって、誰かをやり玉にあげ、溜飲を下げる者もいる。
さらに、今は電子メールという便利なツールがある。
より簡単に、迅速に、効果的に、人の批判や悪口を広めることができる。
あるいは、匿名でネット上の掲示板に書き込みもできる。
もちろん、人間であるから、過ちを犯す。
完璧な人間などいない、
時に、陰口も言いたくなるだろう。
しかし、反省しない者は、成長と進歩の道を自ら閉ざす。
そして相も変わらず、人を貶め、自らを貶め、人間関係を腐らせ続ける。
哀れとしか、言いようがない。
そんな人間には、なって欲しくない。
正々堂々と、生きて欲しい。
ただし、立派な人間になれという意味ではない。
思いやりのある、優しい人になって欲しいと願っている。
また、わざわざ自ら重荷を背負うことは、しないで欲しい。
人間関係を、腐らせないで欲しい。
重荷に縛り付けられずに、自由に、楽に生きて欲しい。
自分のやるべきことに、全力を尽くして欲しい。
いのちを輝かせることに、貴重な時間を使って欲しい。
そして、もし人から何かを告げられたら、それを受け入れる寛容さと謙虚さを持って欲しい。
それを自らの成長の糧とし、伝えてくれた人に、心からの感謝をして欲しい。
人は、自らを幸福にも、不幸にも出来る自由がある。
ご縁があり、一緒に学ぶ大切な門下生たちには、幸福を選択して欲しいと切に願っている。
<注>写真と本文は、直接関係ありません。

