【伝える】※長文です
この連休、以前からお会いしたかったジミーさんこと宮下 節雄さんにお目にかかることができました。
ジミーさんは、日本におけるサントゥール演奏の第一人者です。
サントゥールとは、インドに3000年の歴史を持つ百弦琴です。
2本の木のバチで演奏する打弦楽器であり、ピアノの原型とも言われています。
さる2月に、廣瀬 仁さんからジミーさんのCDを購入させていただいたのが、ご縁のきっかけです。
インド料理は大好きなのに(笑)、インド音楽には関心がなかったのですが、CDを拝聴して、サントゥールの音と演奏に魅了されました。
インドの文化、歴史、哲学、宗教と深い関わりを持ちながら、長きにわたり伝承されてきたサントゥールという楽器。
その由緒ある楽器を、日本人でありながら、現地で認められるほど弾きこなされるジミーさんという人物…
実際の演奏を聴いてみたい、ご本人に会ってみたい。
3ヶ月たって、ようやく実現しました。
一昨日は、京都太秦のインド料理店でのライブでした。
タブラ(北インドの太鼓)奏者である井上春緒さんとの協演でした。
生の演奏は、圧巻でした。
音に身を委ねている時、私の頭に浮かんだのは、「これは身体の音ではないか」ということでした。
心臓の拍動、血液やリンパや脳脊髄液の流れ、肺胞の拡張収縮、筋肉の収縮伸長、靭帯の撓み、骨の軋み、神経の伝達、胃や腸の蠕動、食物の消化や吸収、細胞の代謝、微生物の活動など、身体の営みにはさまざまな音を伴うと思います(私たちには聴こえませんが)。
その音は、外部環境や体調、感情の高ぶりや鎮静などにより、変化する。
異質な音源や音程や音階、リズムがいく重にも折り重なり、いのちの営みという法則に従いながら調和していく。
もしかしたら、母親の胎内にいる時に、聴いていた音なのかもしれません。
あるいは、身体の音は、宇宙の音なのだとも思います。
私たちの本質は魂であり、肉体が滅びたら、靈となり、あの世へ帰って行く。
そんな時代に聴いていた(感じていた)音なのかもしれない。
そして、その音を聴くことにより、私たちは神さまとの約束を思い出すのではないか ―――
そんなことを思いながら、お二人の協演を聴かせていただいておりました。
いずれにしても、とても楽しく、至福の時間でした。
昨日は、京都鷹峯の相楽庵で、ジミーさんのお弟子さんたちの発表会がありました。
前半は始めたばかりのお弟子さんが3名、後半は数年にわたり修行を積まれたお弟子さんが3名、演奏をしてくださいました。
それぞれに心がこもった、素晴らしい演奏でした。
特にラストを飾った、これから演奏家としてデビューされるお弟子さんの演奏には、本当に心を打たれました。
偶然に偶然が重なり、サントゥールという楽器、そしてジミーさんという素晴らしい師に出逢われた。
自分が得た感動を人にも伝えていきたい、そういう想いでサントゥールという難しい楽器に挑戦し、練習や修行を重ねて来られた。
昨日のステージは、人生を懸けた取り組みの一区切りであったのだと思います。
万感の想い、魂がこもった演奏、そして深い愛で結ばれた師弟の姿に、思わず涙を誘われました。
師であるジミーさんは、愛弟子の成長と門出を喜び、祝いながら、人に伝えていくことの使命、喜び、厳しさをお話しくださいました。
道程を楽しみながらも、自分が正しい道を歩んでいるか、正しく伝えられているか、常に問い続けておられるそうです。
また年に一回は、インドにいる自分の師に会い、確認していただくそうです。
分野は異なりますが、私も人に技や道を伝えることを生業としているゆえ、自分のあり方を問い直す、とてもよいきっかけとなりました。
ジミーさんのご活動は、表面上は音楽演奏であり、演奏指導です。
しかし、その内実は社会活動であると、たいへん僭越ながら拝察をいたしました。
行き過ぎた物質文明のもと、環境汚染、自然破壊が進む現代社会。
戦争への足音も、本格的に聞こえて参りました。
そのような危機的状況にも関わらず、日本人は愚劣化する一方です。
このまま進めば、もしかしたら、国が亡び、地球は生物が棲めない惑星になるかもしれません。
それでも、あきらめてはいけない。
いや、希望をもって歩み続ければ、必ず道は開かれる。
その鍵は、一人ひとりの生き方、心にある―――
ジミーさんは、音楽活動を通じて、そんなメッセージを全身全霊をもってお伝えになり、人の心に火を灯しておられるのではないかと私は思います。
実際、音楽活動以外に、様々な取り組みをされているようです。
ジミーさん、お会いできて、本当に嬉しく思いました。
二日間、素晴らしい時間や出逢いを本当にありがとうございました。
いただいたこのご縁、大切にして参りたいと思います。
何とぞ今後ともよろしくお願い申し上げます。





