【知行合一】
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「知行合一(ちこうごういつ)」とは、王陽明が唱えた陽明学の学説であり、その意味は“知識と行為は一体である”ということ、“本当の知は実践を伴わなければならない”ということである。「知は行の始なり、行は知の成るなり(知ることは行為の始めであり、行為は知ることの完成である)」「行動を伴わない知識は未完成である」とも言われる。
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整体の学びはまさに「知行合一」が必要不可欠なのだが、縁あって入り口まで来ていただいても、大半の者は1日、もしくは2日間の講義を終えたら、それで学びを終える。好奇心を満たすことが目的なら、それはそれでいいし、人によって合う合わないがあるから仕方がないとは思う。しかし、まことに勝手ながら、伝える立場としては、とても残念に思うのも正直なところである。
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もしかしたら、かつての私のように人生を大きく好転させることができるかもしれないし、将来の生業に育てることができるかもしれない。また、自分が学ぶことによって、原因不明の痛みや症状で、死にたいほど苦しみ、悩んでいる人の助けになるかもしれない。それを考えると、なんとかせねばともがき続けているのは、私の不徳と未熟さゆえのこととは思う。
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さて多くの者は「行」、つまり行動や実践が伴わない。整体の場合「行」とは施術やセッション、つまり他者に対して術を施したり、カウンセリングやコーチングを行うことである。それを積み重ねてこそ「知」が成就するし、より高度で深い「知」を求める欲求が湧くのだが、そこに至る者は極めて少ない。もしかしたら、私たちが伝える技術が極めて簡便で、誰にでもすぐにできてしまうことが関係しているのかもしれない。
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しかし、それらは大きなメリットでもあり、決定的な理由は他にある。それは「宿命」である。宿命とは“命に宿るもの”であり、少し具体的に申せば「才能、資質、役割、使命」である。自分の宿命を幼少期から自覚している者は希少であり、大半の者は人生経験を重ねる中で少しずつ自覚していくもののようだ。私は幸か不幸か、50歳を目前にして、それらしきものを見つけ、「知行合一」を積み重ねることによって、明確に自覚するようになった。
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この三年間の世界的騒動がきっかけとなり、SNSの浸透によって、社会の理不尽さや異常さが露呈するようになった。また「地の時代」から「風の時代」への転換が後押しとなり、自分の宿命に気づく人が増えているのではないかと期待をしている。虚構が横行し、混迷を極め、閉塞感や絶望感に満ちている現代社会、人と社会が“真の癒し”を求めているのは間違いないと思う。
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そのような中、「知行合一」の道を歩み、自分の宿命を見つけ、それにそった生き方を実践することを通して、自他を癒し、よりよい社会の実現に寄与しようとする者が一人でも増えることを願い、私は情報発信を続けていくであろう。

私たちが伝える整体技術の大きな特徴は、1)身体が備える自然治癒力を引き出す、2)使うのは自分の身ひとつ、3)痛みを伴わない、4)どのような場所、どのような体勢でも施術が可能、5)短時間で済む、ということである。だから、初心者であっても、激しい痛みを伴うぎっくり腰などにも対応ができるのである。

私たちが伝える整体技術の基本は「触れる」「擦る」「揺らす」である。まずはこの三つを徹底して行うと同時に、その作用機序についての理解を深めることが大切である。

