【霊性と現代社会】
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昨日、表題をテーマとしたイベント(シンポジウム、コメント欄参照)にオンラインで参加した。登壇者全員が本気で、本音でお話をされていたように感じ、とても勉強になったし、勇気と希望をいただけた。それぞれ専門分野は異なれど、目指しているところは近似しているように思ったからだ。それはまた、僭越ながら私が感じていること、目指すところとも通じるものがあったからだ。
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このイベント、最近、急接近している奥山 省吾さんの投稿(コメント欄参照)で知った。登壇者の顔ぶれとテーマにピンときて、前日に申し込んだ。奥山さんは、登壇者たちと既知、もしくは親しくされているようで、リアルで参加されたと思う。約二週間後に予定しているオンライン対談で、時間があればどうお感じになったか尋ねたいと思っている。
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さて「霊性」とは、文字通り“霊としての性質”と私は解釈をしている。「神性」「仏性」と表現される場合もあると思う。いずれにせよ、根源もしくは創造主から受け継いだ性質であり、当たり前のことながら、この世に存在するものは全てそれを内包している。もちろん、人間も同様である。
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私の解釈で申せば、霊性とは「愛」であり「光」であると思う。「あるレベルの波動」と言っても良いかも知れない。残念ながら現代を生きる人間の多くが、霊性を見失ってしまっているか、認識をしていない。認識をしていても根拠のないもの、宗教的なもの、怪しいもの、綺麗事として扱い、遠ざけているように思う。
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現代社会に多発している問題の多くは、人類が霊性を喪失してしまったことに端を発していると私は考えている。参院選を前にこのようなことを口にするのは憚られるが、政治で社会を変えることは不可能と私は考えている。なぜなら政治はあちら側の人たちが長い時間をかけて周到に設計、構築、運営されているプラットホームだからである。
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真に平和で豊かな社会を目指す道は、個々人が霊性を取り戻す、あるいは覚醒させる以外にないと私は考えている。では、どうすればそれが実現できるのか、そのために個々人は何をすればいいのか。シンポジウムでもその問いかけがあったが、私なら「日常生活の中で“個であること”と“自分を信じること”に徹すること」と答える。
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私が実践提唱する整体が目指すのは、まさにこれである。もっとも最初から「霊性の覚醒」などと口にすると「宗教ですか?」と揶揄や誤解されるのがオチなので、ある程度学びを深めた者にしか伝えないが、高岡英夫師のおっしゃる「身を緩め、意を鍛え、気を導き、心を放つ」ことにより霊性は覚醒していくと確信している。
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昨日のイベントに飛び入りで登壇された鮫島 純子さん(渋沢栄一師の孫娘)が「人生の後半は、霊性を汚さないように生きてきた」「おかげで恐怖、不安、怒りなどに苛まれることはほとんどなくなった」というお話をされていたが、とても心に響いた。今年100歳になられるとは思えない、矍鑠(かくしゃく)とした方であった。
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5時間という長丁場であったが、あっという間であった。最後の演目であった「和太鼓響沁浴」は、ぜひリアルで浴びてみたいと思った。本投稿の最後に、私が敬愛してやまない米国の医師であり、ヒーラーであるロバート・C・フルフォード博士による霊性の定義を転記しておきたいと思う(著書『いのちの輝き』より抜粋)。霊性を理解する一助としていただきたい。
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「霊性とは不完全な世界にあって平和と幸福を見いだす能力のことだといっていい。それはまた、自己のパーソナリティの不完全さを理解し、それをそのまま受容することでもある。理解し、受容したときのこころのやすらぎから、創造性と利他性に生きる能力が生まれてくる」
霊性と現代社会
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