「新たな出発のために」
いのちを学ぶために、和歌山県の高野山へ行って参りました。
私たちは、肉体だけでいのちを営んでいるのではない。
心、霊性、氣、習慣、自然、人間関係、社会、宇宙、歴史など、実にさまざまなことが複雑に絡み合い、その営みは成立します。
痛みや不調、病気などは、いのちの営みの乱れの顕れです。
しかし、多くの場合、目に見える肉体のみを拠り所とし、それらを解決しようとします。
また、素早く痛みをとったり、不調を治すことが善しとされています。
整体とは、自然と調和すること。
整体とは、いのちの営みを整えること。
整体とは、生き方を整えること。
数年前からそのように唱え、独自に整体法を究め、広めようとしてきました。
ところが、残念ながら、思うように進みません。
しのごの言わず、手早く痛みをとって欲しい、不調を治して欲しいとおっしゃる方が圧倒的大多数だからです。
きれいごとを言うなと誹謗中傷をされたり、足を引っ張られることも多々あります。
その一方で、数は少ないながら、心から信頼を寄せてくれる仲間や同志もいます。
もちろん、私共の整体院へ通い、深刻な不調や病気から立ち直った、大切なお客さまたちも大勢おられます。
そのような中、自分が歩むべき道、目指す地平をより確たるものにしたい。
何があっても揺るがない根と軸を形成するとともに、自らのいのちの慈養をしたい。
切にそう願い、学びの場を高野山へ求めに参りました。
高野山は、申し上げるまでもなく日本最大級の霊場です。
その圧倒的実在には、霊感や霊能力がない私でさえ、心の奥深い部分から揺さぶられる思いがいたしました。
何度も、涙しました。
膨大ないのちの連鎖の結果で、今日の自分のいのちがあること。
人間が知り得ない大きな力によって、いのちは生かされていること。
私たち人間は、不自由な肉体をまといながら、助け合い、支え合いながら生きていること。
その中で学び、自らを高めることがいのちの発露であり、生きる喜びであること。
生が日常であるように、死も日常であるが、いのちは永遠であること。
私たち日本人のご先祖さまは、いのちの何たるかを体感で知り、習慣や文化や気質を育み、守ってきてくださいました。
これらの大切なものが、ここ数十年で瓦解しつつあります。
いま、それに気付き、自分の日常において具体的な行動を起こさねば、これら大切なものが根絶やしにされてしまうことでしょう。
奇しくも、7月1日は「集団的自衛権」の容認が閣議決定された日でした。
日本は、より混迷の時代へと歩みを進めました。
この日に、自分の歩む道と目指す地平をよりいっそう明確にできたのは、偶然ではなく必然と感じます。
希望も、絶望も、自分の心から始まる。
平和も、戦争も、自分の心から始まる。
一灯照隅、万灯照国。
小さな灯ではありますが、自分のいのちを精一杯輝かせたいと願います。
本日7月3日、心身楽々堂は、新たな出発をいたします。
確信と覚悟をもって「いのちを輝かせる整体」を究め、高め、広めて参ります。
みなさま、何とぞよろしくお願い申し上げます。
<追伸>
高野山と私の関係を示唆し、訪問を強く勧めてくださった友人の岩田吉樹さんに、心より感謝申し上げます。
岩田さん、本当にありがとうございました。
また、現地にてお世話になったみなさま、たいへんありがとうございました。

