【「打てば響け!」〜直感、決断、行動〜】
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働き盛りの40歳を少し過ぎた頃、うつで苦しんでいた私は、京都の有名なお寺を訪れ、そこの名物和尚から「打てば響け!」と一喝された。よほど陰気で、鈍重な気配を醸し出していたのであろう。鋭い眼光の和尚から食い入るように見つめられ「あんたや!あんたのことや!」と迫られ、たじろいだ記憶がある。
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当時の私は、会社に勤務して大量生産と大量消費を前提とした経済活動に携わることに真底嫌気がさし、サラリーマンとして生きることに夢も希望も持てなくなり、人生に絶望していた。毎日、死にたい、消えたいと思って過ごしていた。和尚は一見してそんな私の状態を見破り、声をかけてくださったのであろう。
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例えて申せば、私は心も身体も、不用品や廃棄物が無造作に詰め込まれたゴミ袋のような状態だったのだと思う。打っても(叩いても)、せいぜいボソっと鈍い音がするだけ……10年近くそんな状態であった私は、その後どのようにして、そのような状態から抜け出すことができたのか。
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私の場合、申し上げるまでもなく「脱サラ×整体×起業」という道を見つけたからであるが、誰にでも通用する方法ではない。大切なのは、直感、決断、行動である。つまり、昨日の投稿に書いた通り、【目の前に差し出されたもの(=ピンと来たもの)は、しのごの言わずやってみる】こと。
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その繰り返しによって、少しずつ“打てば響く”人間になっていけるのではないかと思う。これまでは、そうでなくとも、いやむしろそうでない方が生きやすい時代だったかもしれない。しかし、そんな人間ばかりの社会がどのようなことになるのか。この3年の世界的騒動が、それを白日の元に引きずり出したように思う。
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時代が大きな転換期を迎え、変化が加速し、流れが激しくなっている現在、人間らしく、幸せに生きたいなら、また未来へ命をつなぎたいなら“打てば響く”ことが必要不可欠ではないかと私は思う。なぜなら現代を生きる日本人の大半が、リスクを避け、無難に生きる教育を徹底して受けてきたのは、日本民族を殲滅するために、意図して行われてきた施策だと思うからだ。
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特に中高年の男性諸氏に「打てば響け!」と伝えたい。「気をつけろよ、刺すような毒気がなけりゃ、男稼業もおしまいさ」とは、故 松田優作主演の映画『蘇る金狼』のキャッチコピーだったと記憶しているが、もはや昭和の遺物に過ぎないのか。もちろん、生ぬるく居心地のいい中で過ごすのも、悪いとは言わないが……
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添付の写真は、昨日投稿した大峯山山上ヶ岳にある大峯山寺の裏手にある「裏行場」の入り口付近である。見たところ、どこから入場できるのかすら、わからない。まさに秘境へ分け入っていく感じである。ここが1300年もの間、女人禁制が守られてきたのには、深い意味があると私は思う。
打てば響け!
一燈を提げて暗夜を行く
