【ゴリラに学ぶ喧嘩の極意】
〜負けず、勝ちをつくらず、共存する社会〜
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定期購読している季刊誌『道』の最新号の巻頭にて、霊長類学・人類学者である山極 壽一先生と、武術家であり、UK実践塾代表である宇城 憲治先生が、表題のテーマで対談されています。私たちの社会や日本人のあり方を考える上で、大切な気づきが多々ありました。以下、私なりの読み解きです。
動物は、命を守り、つないでいくために争います。動物の雄(オス)どうしが、雌(メス)や縄張りの争奪を巡って喧嘩する(闘う)のは、よく知られるところだと思います。
ただし、野生動物は多くの場合、命を奪うまでは追い詰めない。喉に噛みつくなど、勝敗が決まった時点で、上下関係を合意する習性があるようです。それは、種が絶滅することのないようにする自然の叡智なのだと思います。
ところが、人間は頭脳が大きくなり、野性を失い、思考偏重となり、エゴを肥大させた結果、殺し合いをするようになった。それがさらにエスカレートし、大量虐殺をするようになり、今や地球を生物が棲めない惑星にする愚行を重ねつつあるのではないでしょうか。
そのような中、人間に近い類人猿のひとつ、ゴリラの世界では、命と種を守るために「負けず、勝ちをつくらず、共存する」という習性があるそうです。この習性は、猿にはなく、類人猿以上に見られるそうです。
この習性は、命のやりとりを瞬時に決する武術から発展した、身心文化としての武士道に通じるものがあるようです。江戸時代、260年もの間、大きな争いがない平和な時代が続いたのは、武士道が社会や生活の中に根づいていたからと考察することができるようです。
さらに、先の大戦で多くの人が命を落とした日本は、争いがもたらす惨さ、虚しさ、苦しみ、悲しみを世界中のどの民族よりも痛感している人が多いはずです。なので、いまだに紛争や戦争が絶えないこの地球上において、日本人には、世界を平和に導く大きな役割があると考えられないでしょうか。


