【純粋さを隠さずに生きる】
ㅤ
私が47歳の時に、大きなリスクを背負いながら会社員を辞めた最大の理由。それは、会社員を続けている限り、自分の純粋さを隠す、もしくは踏みにじる生き方しかできないことに心底絶望したからである。そして、何ものにも、誰にも縛られにくい生き方ができる“職人”、または“自由業”としての整体師として生きることに自分の活路を見出した。
ㅤ
あれから間もなく15年になる。なんとか生き延びていられるのは、多くの人のおかげであり、本当にありがたい限りである。ただこの間、困難と障壁の連続であった。絶望的窮地に立つことが、何度もあった。多くのものを失ったし、多くの人が離れていった。どうしようもない体調不良に陥ったことが何度もあるし、憤怒と憎悪に囚われて苦しみ抜いたこともある。
ㅤ
そのたびに自分の純粋さ、つまり本当に感じていること、望んでいること、目指したいことに向き合ってきた結果、置かれている状況や環境に関わらず、外側の事象に惑わされることなく、歓喜と感謝に満ちた心で生きていけるようになった。大金を稼げているわけではなく、何とか生活していけるレベルではあるが、負け惜しみでなく私は今、最高に幸せである。
ㅤ
しかし一方で、理解者がまだまだ少なく、どこか物足りなく寂しい気持ちでいたのも事実である。ところが今年、それもつい最近、純粋さを隠さずに何十年も生きている人物が実際に存在することを知った。私のウォールでも何度かご紹介している、奥山 省吾さんである。そして、彼の周囲には、同じように生きている人が、少なからず存在することを知った。
ㅤ
自分らしく、自立して、自由に生きる大人がゆるやかにつながること。お互いに縛らない、押し付けない。ただただ自分の中心にある純粋さを大切にしながら、尊重し、信頼し合いながら全世界レベルでつながっていくこと。それが可能であることを、奥山さんやその仲間たちは、全身全霊を傾けて、示してくれていると感じている。
ㅤ
世界中のどの民族、どの人種、どの言語圏の住人だろうが、私たち人類に共通していることがある。家族や友達が何よりも大切なはずだ。人の苦しむ姿を見るのは心が騒つくが、人の喜ぶ姿を見ることに心の平安を見出すはずだ。誰かの助けや支えになることに、大いなる喜びを感じるはずだ。お互いの表情を確認し、喜びも悲しみも分かち合うことに、生きている充実を感じるはずだ……と私は思う。
ㅤ
共通することの中心に存在するのが「純愛」であり、それは人間として命を授かった以上、誰の中にも必ず存在するものだと私は信じている。そして今、「純愛」を覆い尽くす暗雲を追い払い、固くなった殻を打ち破り、自分の中心に存在する「純愛」を輝かせ、それをよりどころとして生きること。それが自分を最高に生かす方法であり、希望ある未来へつながる唯一の道だと私は思う。
ㅤ
そして、その結び目となるイベントが、8月8日に神奈川県の逗子で開催される。現代社会のあり方に疑問を感じている人、今の生き方や働き方に違和感や生き辛さを感じている人、何よりも自分の純粋さを隠すことなく生きたいと切望している人。そして、純愛(表現は違うかもしれないが)をベースにした新しい社会を目指そうと活動している人。そんな人たちに、ぜひこのイベントに参加して欲しいと願う。


