おはようございます。
「父になった日」
今日は、長男の誕生日です。
私が、父親になった、記念すべき日でもあります。
以下、思うことをつらつら述べます。
21年前の今日、私は人生最大の感動を味わいました。
出産に立ち合ったのです。
今までこの世に存在しなかった未知の生命が、誕生する。
その瞬間を目の当たりにしました。
なぜか、泣けて、泣けて仕方ありませんでした。
それ以降、人生観や目指すべき方向が、大きく変わったように思います。
私の名前が一文字、父の名前も一文字です。
ゆえに、男の子だったら、名前は一文字にしようと決めていました。
当時、仕事で外国の方とご一緒させていただく機会がたくさんありました。
文化の多様性や、それを超えて心を通わせることの素晴らしさを肌で感じていました。
そのため、この子には世界へ向けて飛翔する子になって欲しい。
あと、外国の方が、呼びやすい名前がいい。
それで「翔(しょう)」と名付けました。
その経緯や気持ちを知ってか知らずか、彼は日本にいながらではありますが、英語で授業が行われる大学へ進学しました。
来年か再来年には、留学を計画しているそうです。
さて、彼が生まれた当時、私は会社勤務をしておりました。
なので、自分の働く姿を見せることはできません。
そんな私に、父親として、何ができるだろう?
それは、できるだけ一緒にいること、遊ぶこと、肌を触れ合すこと。
大好きだよ、愛してるよと告げることでした。
幼い頃は、毎日出かける前に、抱きしめていました。
幼稚園くらいの頃までは、喜んで飛びついて来ましたが、小学生になり、しばらくすると、面倒くさそうになってきました。
なので、この習慣はいつの間にか、やめてしまいました。
彼が、いちばん多感な時期に、私は転職をしました。
思ってもいなかったことであり、彼には、とても不安な思いをさせたと思います。
一流企業勤務の会社員から、零細個人事業主へ。
自ら選んだこととはいえ、地に叩きつけられ、もがき、苦しみ、みじめに這いつくばる。
そんなカッコ悪い父親の姿を、彼はどういう思いで見ていたでしょう。
でも、少しカッコよく言うと、「男には、どうしても、やらねばならないことがある」。
ずっと後でもいいから、いつかわかってくれたら、嬉しく思います。
親は、子に育てられると言います。
まさに、その通りだと思います。
特に、出産にあたってまったく自分を傷めない男は、子育てを通じて、父になっていくのだと思います。
私は、まさに彼ら(ふたつ下に次男がいます)に育てられた。
たくさんのことを学ばせてもらった。
本当に、そう思います。
21回目の誕生日、本当におめでとう。
そして、ありがとう。
迷ってもいい、寄り道してもいい、好きなことをおやりなさい。
自分が思うように、生きなさい。
親孝行など、考えるな。
与えられた自分のいのちに感謝し、それを輝かせることを第一に考えなさい。
自分のいのちと同じように、他のいのちを大切にしなさい。
そして、いつか、きみもいのちをつなぐ、父親になれますように。
不甲斐無い父ですが、私も、まだまだ頑張ります。

