「治すなんておこがましい」
亡き師匠が、幾度となく口にしていた言葉である。
他にも、
「治ることがいいとは限らない」
「治らないものを治してはならない」
などなど。
当時は、意味がよくわからなかった。
今は、痛いほどわかる。
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医療が発達すればするほど、病人が増える。
それと同様に、治療家が増えれば増えるほど、患者が増える。
私は、そう感じてならない。
この業界では「繁盛治療院」という言葉が堂々と使われる。
実に気持ち悪い言葉だ。
治療院は、問題を解決するところである。
そういう意味では、派出所や消防署と同じである。
「繁盛派出所」
「繁盛消防署」
そんな言葉、使わないだろう。
逆に、繁盛しないよう努力するのが健全ではないか。
少なくとも私はそう思う。
何の疑問も持たず、盲従する大人(特に男)ばかり。
だから、こんな社会になってしまうのだ。
整体師は、治療家ではない。
整体院は、治療院ではない。
整体師は、治療家が増えないようにするのが仕事である。
整体院は、治療院が繁盛しないようにする場所である。
なので、時として、私は、治療家から目の敵にされる。
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依存から、自立へ。
そして、相互共存(インタービーイング)へ。
日々、一人ひとりが気づき、学び、成長すること。
それを支えるのが、私たちの仕事である。
整体とは「教育」であり「共育」である。
来年は、その啓蒙普及活動をいっそう強めたいと考えている。
多勢に無勢、逆風が吹きすさぶ、いばらの道である。
一緒に歩もうという奇特な方は、ぜひご一報を。