本日、2月21日は母の誕生日。
「ものが増えるばっかりやし、なんもいらんよ」
母が、そう言うので「じゃ、ハグしたろか」と言うと「してして〜」と言う。いざ、出がけに玄関でハグしようとすると、「やっぱりええわ、恥ずかしいわ」と言う。どっちやねん!で、軽めにハグ。
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私は間違いなく、この母を選んでその胎内に宿った。そして、母を通して様々なものを取り込み、細胞分裂を繰り返し、人間になった。胎内からこの世に出て、母に守られ、その無償の愛を受けて、育った。
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87年前の今日、その母が同じようにして、生を授かった。遥か昔から連綿とつながる、気が遠くなるような命のリレーに思いを馳せざるを得ない。
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誰もがそうやって、命のリレーの中で生を授かった、唯一無二の大切な一員なのだ。時代が違えど、立場が違えど、国が違えど、ただの一つも例外はない。
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そのことを腑に落とせば、それが誰であれ、人にどう接するか、どういう関係を結ぶか、自ずとわかるだろう。いかなる理由があれ、規模がどうであれ、戦争や闘争がいかに愚かな行為か、理解できるだろう。
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そうやって、日常の小さな出来事を通して、命に向き合い、生を味わい、思索にふけり、人生哲学を育むこと。これは、整体的生き方の醍醐味だと思う。
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写真左、父のジャケットを羽織る、1歳少々の私。写真右、私のジャケットを羽織る、87歳の母。