私の「道」

整体は治療ではない。
教育であり、共育である。

そう訴え続けて、10年。
理解者は少ない。
でも、訴え続ける。
それが私の「道」だからだ。

以下、安岡正篤先生のお言葉を拝借する。
整体が教育・共育であると訴える、その理解への一助となれば幸いである。

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儒教によれば、われわれの心の根底には、たとえいかなることがあっても屈せず倦まず努力し精進せよという無声の命令が儼乎として存在している。この自己内面の至上命令に率うのがすなわちわれわれの「道」で、かかる道を明らかにして、われわれはいかに行為すべきか、いかなる心情を持つべきかの自覚を与えていくのがすなわち「教」である。換言すれば、われわれの心に内在する至高絶対の天命は、これ実に疑わんと欲して疑うことのできない明らかなる徳である。学問の要は畢竟この明徳を発揮するゆえんの道理を自覚体認することでなければならぬ。
(安岡正篤「王陽明研究」)

宇宙の本体は、たえざる創造変化活動であり、進行である。その宇宙生命より人間が得たるものを「徳」という。この「徳」の発生する本源が「道」である。「道」とはこれなくして宇宙も人生も存在しえない本質的なものであり、これが人間に発して「徳」となる。その本質は「常に自己を新しくする」ことである。
(安岡正篤「人物を創る」)

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本日より二日間、「心整体法・入門講座」を開講する。
教育・教育としての整体の道を歩み出す、入口となる講座である。
広島県と岐阜県、二人の女性が共に学んでくださる。
お二人とも、ご自分なりの「道」を歩んでおられる方である。
一緒に学べることが、楽しみでならない。

次回は、6月1日、2日の開講予定。
ご興味がおありの方は、ぜひ以下のページをご覧ください。
↓ ↓ ↓
https://shin2raku2do.biz/?page_id=2957

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